大学3年生に進級しました。この年全体共通で人体塑像が1回ありましたが、それ以外は自由にやって良いとのことでした。
塑像までで終了の課題でしたが型取りしてFRPに起こすところまでやりました。



人体以外は作品数もかける時間も全部自由でした。
僕は学校と自分のアトリエ両方で毎日1日中制作していました。中古ですが大型の電気窯も手に入れたので家でもどんどん作品を焼いて生み出していました。
この1年は自分にとって「実験」的な意味合いが大きかったと思っています。自分の感性に全く自信がなかったし、実際実感を持って制作できていなかったところがあって、数をこなす中で何かを発見したいと必死だったところもあったと思います。
2年の時に制作したテラコッタ作品の型を持ち出して別の作品として作り直しました。
↓モルタルを流し込んで末端部分はわざと打ち砕いて寝かせた作品。

2年の時につくったモルタルの人体や棺の作品の質感が気になっていてその延長で制作しました。自分の作品はいつもピチッと完成度を上げて言い切り過ぎてしまうところがあって、そこが強みでもあったのですが逆に表現の広がりがなくなってしまっていることに悩んでもいました。
このモルタル表現は型を壊す際に表面が剥がれ落ちる部分があり、その偶然性や、一度「完全」を意識して作り切った作品をあえて「壊す」という行為を経て生まれ出た形が、まるで出土した古代の作品のような時間的奥行きを感じさせるような感覚があり、同時に朽ちるイメージに儚さが重なって、静けさのイメージを求めた自分の方向性にピッタリ合うような気がしました。
(表面の質感は偶然できたものですが、打ち砕いた末端は故意的なもの)

頭部も同様に実践してみました。


さらにそれとは別で頭部はFRPにもしました。こちらはFRPに軽砂(陶芸用のシャモット=土を粗めにするための砂)を混ぜてつくりました。
元々FRPに大理石の粉を混ぜて作り、大理石風のFRP作品をつくるというのはあったのですが(キッチンのシンクや風呂場の壁、床など一般的にも存在している)軽砂を混ぜることでFRP特有のテカリ(プラっぽさ)を砂が吸収し、質感も含めてなんとも言えないソリッド感が出ました。
(ただ型取り中の収縮も大きく、やや技術的には難しいところもあります。)

同様の手法で制作した首像。台座はコンパネを組み合わせて内側にFRPを塗りこんでつくりました。

自由にモデルさんを呼べたので、モデルありで人体も作りました。
この時考えたのは、人物が座った時お尻が体重で潰れますが、潰れない形で地面にコツっと乗るような(重力に反発するような)感じでつくってみたいと言う興味本位から制作しました。

この作品もFRP +軽砂で制作。


僕にとって作品をつくる=完成させると言う行為はある意味すでにできている完成のイメージに近づけていくことでした。
逆に完成のイメージを持たずに「壊す」と言う行為を「つくる」というプロセスに置き換えて、結果壊すことの連続によってで完成させる。と言うように意識を大きく変えて制作したらどうなるかを実験してみました。

まず木箱を作って石膏の塊を作りました。固まったあとは鉈のみで細部の情報を無視して打ち込みながら首像を作りました。


色々な土の種類でマスクをつくりました。

手捻りで瞬間的に人物像を沢山つくって箱の中に並べました。


布をドベに浸して乾かしたらそのまま焼成してテラコッタの布をつくって箱の中にかけました。

瞬間的につくった作品であってもそれが理由で作品的価値が低いと言うことに直結する訳ではないのではないかと言う考えです。

モデルなしのテラコッタ半身。静寂のイメージ。自分の中での作品観的なものはこの時点ではこの作品に集約されていたと思います。良い意味ではこの方向性に安心感はありましたが、悪い意味でスタイル化していきそうな予感。
まあすでにできるようになった事を何度も繰り返すことに意味はないのでしっかり悩んでこのような作品一辺倒にならなくて良かったと思っています。
うまくできるからといってそれに甘んじているようだときっと制作がつまらなくなったでしょう。
この時はまだ自分そのものが分かってなかったので無い袖は振れぬといった感じですが、基本的には毎回自分の限界突破を前提に新しい作品を考えていくことが大事だと今は思います。

テラコッタ首像。なんか抜けた感じの雰囲気がいいかなと思いました。

この学年でつくった1番重要な作品の画像が消失してしまいました。。作品自体は処分してしまったのでもう記憶の中にしかないですね。
と言うわけでこのように沢山作品を制作しました。(これ以外もいくつか大きな作品をつくっていますが、画像はなくなってしまいました。)
この1年。色々な表現を試し、たくさんの作品を制作しましたが、確証を得るには至らずでした。
もう卒業制作か。あっという間だなと。大学で作家性を見出すって時間足りな過ぎと思いました。
おそらく皆そうなんだと思います。大学入った時点では全員素人で、その後たった4年で作家性を身につけるに至る人なんていないのだと。
僕は色々やった分、尚更自分の底の浅さが身に染みた1年間でした。
次回は学部4年。卒業制作です。