小川原隆太 彫刻制作記録(森共同アトリエ管理人日記)

森共同アトリエ利用者募集中 atoriemorikyodo@gmail.com

過去作品の振り返り 4 初めての木彫 荒取り編 2

ヘルニアの手術を乗り越えてしばらく離れていた制作を再開しました。

少しでも重いものを持つことに恐怖を抱くようになり、ちょっとでもヤバいかもと思ったものはフォークリフトで上げるようにしました。

レントゲンを撮った時に、問題の箇所以外にもややヘルニア気味なところがあったので無茶は厳禁です。。

さ、気を取り直して制作の内容について書いていきます。

大体胴体の太さが決まってきたので内ぐり(内部をくり抜いて空洞にする→軽くするため&完成後の乾燥、収縮による割れを防ぐため)をします。

内ぐりは一般的に背中側とか目立たない部分から中をくり抜いていき、後で蓋をして背中の形を彫り直す。みたいな感じで進めるのですが、今回はこの段階で胴体が少し短いということに気づいて、それを解決するためには胴を切断して間に材を挟んで繋ぎ直す必要がありました。どうせ半分に切ってしまうならその時切断面から内グリをしてしまおうというのが今回の作戦です。

↓まず横倒しに。

まっすぐカット。

中を内ぐり。切断面から上下とも内ぐり。

間に材を挟んで接合。結構分厚いのを入れましたよね。慣れない作業に翻弄されて大きく間違えてました。

やりないところをどんどん足していくのですが、思ったよりパズルですね。

腕のあたりのコートの皺を彫りました。なんかこのざっくり面的な表現が思い切った感じで良いですね。

頭部も内ぐりです。

ハットは2段階で作りました。まずは鍔をつける。

その後上の形をつけます。

足りない部分はどんどん寄木していきます。

上半身はかなりイメージに近付いてきましたね!

脚も荒取りしていきます。

帽子の完成度を上げました。

頭部の荒彫りは終了くらいですかね。だいぶまとまってきました。

マフラーの部分に少し薄ピンクっぽいところがありますが、それはエポキシパテです。基本寄木をすればいくらでも形の彫り直しはできるのですが、微妙に量が足りないだけとかだと寄木は面倒なので僕はパテを使ってしまいますね。ウッドエポキシパテは硬化するとかなり硬く、それでいて鑿で彫り込めるので、彩色するなら超便利なので今後の制作でもかなり重宝しています。

脚もだんだん形になってきました。

荒彫りはこれで終わりくらいな感じのところまできました。

初めての木彫、大きな作品に体当たりでつくる喜び、できないことをなんとか乗り越えていく達成感を噛み締めながらここまできました。

(ずっと続けてきた塑像、モデリングに対して)あまりにカービングの感覚が無さ過ぎて自分の能力の偏りを実感することとなりました。

でも実際モデリングもカービングも両方しっかりできる人ってあんまりいないのでは?と思ったりもします。

この時点で自分はまだカービングは下手なんですけど。

モデリングって粘土の荒づけの時の勢いが結構大事で、瞬間的に捉えた形がそのまま完成まで生かされます。

特に出だしの仕事はやり取りに抑揚を持って大きく、力強く進めていくことが大事で、最初から精度にこだわり過ぎてビビって浅くなるといい作品になりません。

 

この感覚をそのまま木彫に持っていくわけなので、たとえばチェーンソーを入れる時も、余裕を持たずに結構感覚でざっくり行ってしまい、切り過ぎてしまって寄木で直す。みたいなことがとても多かったです。

寸止めみたいなのが塑像の感覚だと焦ったくて無理でしたね。

なのでこの作品は必要以上にツギハギだらけです。

「まるで塑像のような木彫」

と言えるかもしれません。

 

自分は元々塑像出身の人間なので、いい意味で(?)木彫の常識に染まってないところがいいところかな?と前向きに捉えています。

そんな中、木彫未経験。知識ゼロ。の自分が木彫と向き合うときに分かったことがあります。

 

これはまさに真理だ!

 

それに気づいた時は全てを理解したような気持ちになり、衝撃を受けました。

それは何か。。

 

「減らしたければ削る。増やしたければ足す。理想に従うだけで良い。」

 

です。本当にそれだけ。「形」においてはそれが全てだと理解しました。

当たり前じゃん!!と思うかもしれません。でもそこに「技術や理論」が含まれないことに大きな意味がありました。

塑像をやっていた時は考えることばかりでした。作品を完成させるプロセスの中で様々な技術的段階があって、うまく事を運ぶためにはこの段取りを正確にこなしていく必要がある。というものがあったのです。

それが木彫はどうでしょう。型取りも何も必要無い。削るか足すかしかない。何を選ぶのも自分次第。どうやっても自由で、あるのは目の前の作品だけ!目の前の作品が全て!

足すも削るも自分次第。終わりはない。

この事実が衝撃的でした。

つまりは「木彫において失敗などあり得ない」ということです。

いくらでも無限に直せるので自分が納得するまで、ある意味では永遠に作品を良くし続けられるわけです。

それは塑像とは全くかけ離れた感覚でした。

 

「作品を良くすることだけを意識して作品に向き合っていける」

「自分の理想を100%の純度で具現化できる」

 

まだ最初の作品は完成してませんが、この段階で木彫に魅入られていました。