小川原隆太 彫刻制作記録(森共同アトリエ管理人日記)

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テラコッタ作品に限界を感じた時に考えていたこと3

テラコッタでの制作に感じた違和感3つ目です。それは、

「焼成後の組み立て仕上げ作業が作品に嘘をついているように感じてしまう」

ということです。

どういうことかというと、大型のテラコッタ作品はそのままでは窯に入らないし、たとえ入ったとしても大きいほどサイズと重量に対しての強度は低くなってしまうのでバラバラにして焼成したものを組み立てながら内部を補強していく必要があります。

さらに問題として大きいのが接合部の表現についてです。接合部は隙間ができるので、隙間を埋める必要があります。たとえばその部分と同じ種類の土を焼いて粉にし、薄めたノリやボンドで溶いてペーストを作って埋めたり、石膏を顔料や絵の具で着色して同じ色にして埋めるという方法がありますが、いずれにせよ盛った後に削るなりして形をつなげる必要があります。

塑像のマチエールを再現する。みたいな部分的にちまちました仕事を入れるのもピンとこず、自分の場合結構サンドペーパーをかけてしまっていたのですが、実際はそれがベストだとは思っていませんでした。

見た目つなぎめは分からなくなるし、肌もキレイにはなるんですが、つなぎめをなくすのが目的になってないか?とか、肌って綺麗にする必要あるか?とか、何が正解だか分からなくなってきたのと、少なくとも「最高の状態」よりは少し下がってしまっているような感じは否めませんでした。

そう思い始めた瞬間。制作自体が嘘をついているような、何か誤魔化しているような感覚になってしまいました。美術において最もダメな意識だと思います。

作品の意味もなければ作る意味もない。ということです。

後はテラコッタの質感自体に「弱さ」も感じていました。「温かみ」や「空気感」など、良い面もあるのはそうなのですが、自分はもっとダイレクトなやり取りができて、存在感の強いものに惹かれていたのかもしれません。

 

そして考えて出した答えは

 

「テラコッタではなく石膏で作品を制作したらどうか」

 

でした。石膏は型取りこそ必要ですが、石膏像になってからは石膏を盛るもよし、削るもよしで、割と自由度が高いので、最後の最後一番いい状態を狙って完成できるのではないかと考えました。

 

というわけでこれまで一貫して続けてきたテラコッタでの作品制作は一旦ここで終了となります。

次回は塑像の限界突破作品に挑んだ記録を紹介します。